少年ははしゃぐ弟の背中を見ながら,イラ木が受け持つ数学の授業の間,ときどき教科書のはじっこに描いていた,彼の似顔絵を思い浮かべていた。体は尺取り虫で顔は人間で,おでこにイラつきマークのへんてこな絵。吹き出しには「しょせん?」とイラ木の口癖が書いてある。 「クワガタだ!!」 弟の甲高い声が森に響く。弟の目は,これまで見たことがないほどに輝いていた。 少年は,「僕にもこういう時期があったっけ?」と思いながら,少しだけ弟のことが羨ましくなっていた。そして同時に, 「あのイラ木にもこういう時期があったのかな? いや,ないな。あいつには」 と考えていた。 じいちゃんが, 「よしっ!」 と気合いの入った声を出し,ポケットから何やら餌のようなものを取り出すと,それは鳴き声を発していた。 なんとなく聞き覚えのあるような鳴き声に,まさかと思いながら近づくと,その餌は自分が描いていたイラ木虫そのものだった。じいちゃんにつままれた虫は,小さな声で,だけど例の口調で「しょせん?」と鳴いていた。 これは悪い夢か? あぁ気味が悪い。こんな夢,イラ木と一緒に焼却炉行きにしてくれ。少年は心の中でそう強く願い,イラ木虫に背を向けた。 一方,弟はイラ木虫を一瞥し, 「ヘンな虫?」 と言っただけで,クワガタに夢中だ。 じいちゃんは,イラ木虫を木に置いて,ブーツ,クワガタをおびき寄せるつもりらしい。木に置かれたイラ木虫が,「しょせん?」と蚊のように小さな声で鳴きながら,イヤそうな顔でクワガタを見ていると,クワガタもそんなイラ木に気付いたのか,徐々ににじり寄っていく。「今だ,ugg 偽物!」 というじいちゃんの声に合わせて,弟が小さな手で素早くクワガタをひょいっとつかんだ。その瞬間,イラ木の野郎の顔は木のように伸び, 「しょせん時間切れ?」 と言いながら,少年と弟の正面に現れた。 あまりの出来事に二人は一瞬放心したが,やがて弟が, 「じいちゃ?ん」 と泣きだすと,じいちゃんが一言, 「すまんな」 とだけ言って,森へと消えていった。 そしてイラ木がいた場所には,いつの間にか灰色の兎だけがちょこんと立っていた。 兎は灰色なのに青い顔をしながら, 「おい,こいつをどかしてくれ! このハサミがおっかねぇんだ」 と二人に助けを求める。ふと見ると,さっきのクワガタが兎の耳にとまっていた。 弟が泣きながらクワガタに手を伸ばすと,その手から逃れるべく,クワガタは大きな羽根を広げようとする
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